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現役の語り7 日比野千晶さん

第7話 平成16(2004)年3月
副部長 日比野千晶さん 「第50回定期演奏会の感想」

 こんにちは、第62代副部長をさせて頂いてます日比野です。先生方には多くのご心配をおかけし、大変ハラハラさせてしまったことと思います(^^;)もう本当に頼りない副部長ですみませんでした。特に事務局の皆さんには本当にご迷惑をおかけしました。非常にたくさんの先輩方のお力添えのおかげで無事定期演奏会が行なえましたことに、感謝してもしきれない思いです。
 そんなこんなで、どうなることやらと心配していました定演が、ついに幕を閉じてしまいました。思えば今年度、これほど場数を踏んだ代はないだろうというほど、多くの大舞台にのせて頂きました。シアトルGF高校との親善演奏会にはじまり、夏には東京文化会館へ足を伸ばしたりびわ湖ホールにも立たせて頂きました。余談ですが、びわ湖ホールのあの大拍手の中、「ライオンキング」で舞台にのる前から半泣きだったのは私だけではないと思います。秋には長井賞という名誉ある賞を、長年の先輩方の功績のおかげで頂くことができ、そのほかにもたくさんの舞台を経験しました。年末の多忙さには私もフラフラになりながら、部員たちが頑張っている姿を見ると自分も頑張らなくちゃと思ったものでした。さらに1月にも招待演奏という形でなかなか出会うことのできない人たちとふれあうことができただただ恵まれているなぁと感じていました。
 しかしその分、私たちの代としての歌が少なかったり、ひとつの舞台にかける思いが薄かったり、みんなの気持ちがバラバラだったり‥と、決していいことばかりではなかったことは否定できません。舞台数が多いと、やはりみんな疲れてきますし、惰性でやっていた面もあると思います。そんな中で、私よりもしんどいはずの人が頑張っていたり、舞台が終わった後のみんなの笑顔を見ると、まだまだバテていられないという気持ちになり、自分に発破をかけていました(部員にもたくさん迷惑をかけましたが‥スイマセン)。
 例年よりも遅れて定演の練習に入った3学期。曲を決めたのも例年より遅く、楽譜が届くのが1月下旬といわれたときはどうしようかと思いました(ちなみに「雨ニモ‥」の楽譜です)。舞台がすべて終わり、あとは定演に向けて練習を‥と思ったときにも、風邪の流行で出席者が異常に少なかったり、音楽会が終わったと思ったら学年末テストで練習ができなかったり、シアトルの曲の練習もあったり、みんなが集中できていなかったり、本当に胃に穴が開くかと思いました。OB合同のみが年末から計画的に進んでいて(先輩方のおかげでございます)、1・2年が歌で勝負する1・2stはどうしていいかわからないほどの危機に陥っていました。合宿では定演の曲など何もできませんでしたので過去の練習に頼ることもできずに指揮者やピアニストたち、パーリーたちの抱えていたプレッシャーはどれほどのものだったか、また部員たちの不安はいかほどであったか、私には想像もつきません。しかし、結果的に1stも2stも成功といえるものになったと思います。みんな1stで感激してしまっていました。1stで泣けるなんて、なかなかできないことだと思います。2stも、ひとつひとつの曲を大切に歌うことができたと思います。この成功は定演前のつらかった時期があってこそのものです。本当に頑張ってよかったです。3stに関しても、先生方・先輩方の多大なご協力に助けられました。舞台にのったときの場慣れ感が、全体の安心感を生みました。ミュージカルとしての完成度は高かったと、見に来てくれた親にもいわれました。4stも、先生方のご指導があって、先輩方のご支援があって、現役部員の頑張りがあって、やっと形になったように思います。
 なにより、ほかの部員よりも明らかに練習量の少なかった私が1stで言葉にならない感動を得たのは、みんなが頑張っている姿を見知っていたからだと思います。忙しい、疲れた、などと愚痴を吐いている暇があれば、遅れている練習分を取り戻そうと考えていました。あまりに感情移入しすぎて、練習で泣きそうになったのも、忘れられない思い出になりそうです。
 私たちは恵まれています。50回という節目の定演に立て、泣くことができ、レセプションでは年代の違うたくさんのOBさんとふれあえました。この経験はこれからの私たちの貴重な財産になると思います。今年度は先輩方だけでなく、清原先生をはじめとする顧問の先生方にも多くのご心配をおかけしたことと思います。この貴重な経験を元に、4月から部の中心になっていく新2年生への、変わらないご支援・ご指導のほどよろしくお願いします。そして新2年生にも、この経験を生かしていってもらえたらと願うばかりです。本当にありがとうございました。