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会長から 第35回

 夏の高校野球の大阪代表は大阪桐蔭に決まりましたが、甲子園には野球部に代わり音楽部が開会式の大会歌を歌いに出場します。
 それにしても毎日暑いですね。7月22日~25日の4日間、韓国へ行ってきました。日韓国交40周年を記念して、「韓日平和の大合唱祭」が開催され、韓国の人たちとベートーベンの第九を合唱してきました。日本からのメンバーは、昨年の「一万人の第九」の練習時に清原先生が呼びかけて集まった約80名の「大阪フェスティバル合唱団」です。私は音楽部OBのFさん、Sさん、U君と4人で参加しました。関空から韓国の仁川空港までは1時間45分、沖縄に行くよりも近いのです。
 大合唱祭は、ソウル郊外の高陽市にあるハーモニー大劇場で開催されました。韓国側から仁川オペラ合唱団、韓国アカデミー少年少女合唱団など6つの合唱団が参加しそれぞれが演奏しました。子どもたちは「もみじ」を日本語で踊りながら歌ってくれました。我々も単独で「荒城の月、宵待草、大地讃頌」を演奏しました。急造の合唱団で、練習不足で歌えてない人もいて出来映えはいまいちだったように思えました。第九はソウル・ナショナル・シンフォニーオーケストラの演奏で、韓国の人は楽譜を持っているのに対し、もちろん我々は暗譜です。しかし韓国の音楽大学の学生達は、正しい音で大きな声で歌い、さすがの私も圧倒されるくらいでした。韓国では、第九はほとんど演奏されていなくて、途中の vor Gott.のところで観客から拍手があり演奏が一時止まりました。そのほか日韓合同で「ふるさと」を日本語で、「コヒャン・エ・ノレ(故郷の歌)」を韓国語で歌いました。どちらもふるさとの情景を歌い、ふるさとを思う気持ちは国は違っても同じであることが感じられました。
 演奏会が終わりあとはゆっくり観光です。まずは朝鮮王朝の正宮である「景福宮(キョンボックン)」を訪れました。豊臣秀吉の侵略と韓国併合時に2回破壊されたこの宮殿は20年ほど前から復元事業が始まり、雄大で伝統的な建物が数多く復元され、壮麗で広大な殿閣が当時の栄華をものがったっているようでした。繁華街の明洞では、おなじみのマクドナルドやファミリーマートなどのコンビニなどが見られました。街のにぎわいから少しはずれたところに美しい尖塔をもつレンガ造りの明洞聖堂がありちょうど厳かにミサが行われていました。ショッピングは南大門市場ですが、突然Tシャツやカーディガンを通路に広げて売り出した人がいて驚きました。またカバン屋の呼び込みが激しく、「社長、社長!本物の偽物があるよ」と腕をつかまれ店の中へ引き込まれそうになりました。露店ではヴィトンやナイキなどのブランド靴下(立派な偽物)が並んでいました。またメガネも有名で、安くて早くふつうのものなら20分で出来るそうで、同行のSさんは、メガネを新調しましたが特注なので後日送ってもらうことになりました。
 韓国の食べ物というと、当然キムチですね。何を注文しても、まずはお皿一杯に盛ったキムチが出てきます。プルコギ、冷麺、カルビ焼き肉、石焼きビビンバなど主だった料理を味わいました。特に7月25日は韓国では中伏(チュンボッ)といって暦の上でもっとも暑いとされる日で、若鶏の腹の中に餅米や高麗人参、なつめ、にんにくなどを入れて煮込んだ蔘鷄湯(サムゲタン)を食べてスタミナをつける習慣があります。私は烏骨鶏の烏骨鷄湯(オゴルゲタン)を注文しました。とにかく色自体が真っ黒で丸焦げの鶏みたいな感じで、少しグロテスクなビジュアルですが鶏よりも相当高級なウコッケイそのスタミナ回復、効用などは鶏以上とのこと。連日の暑さに負けないようスタミナをつけました。日本での土用の丑の日にウナギを食べるのとおなじようですね。
 ホテルの窓からは、市庁舎前広場が見えました。ここは2002FIFAワールドカップで赤いシャツを着たサポーターで埋め尽くされた広場です。近くのビルの壁面には、オーロラビジョンがありそれを見ながら応援していたようです。いまは、楕円形の芝生広場として整備され、市民の憩いの場として利用されています。夜になると若いカップル達が遅くまで語り合っていました。初めての韓国旅行でしたが、あのハングル文字が読めないことが不便でした。漢字や英語の表示が少なく、道路の行き先地名などは読めません。また韓国に行く機会があるとしたら、ハングルの読み方だけでも理解したいと思いました。
 まだまだ暑い日が続きますが、みなさま体調に気をつけてこの夏をお過ごしください。

平成17年8月1日 音楽部OB会 会長 中村巧