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会長から 第96回

 平成22年8月25日午前5時3分、日本最高峰富士山の山頂から御来光を拝むことが出来ました。そうです、富士登山ツアーにOBの藤田さん、清水さん、そして高校で同じクラスだった山田君とその友達の5名で参加し、富士山に登ってきました。23日深夜に京都駅からバスで出発し、翌24日8時に富士山5合目に到着、吉田ルートと呼ばれる登山道を10時から登山開始、ガレキの道を何度も折り返し、途中からは溶岩の岩場をよじ登りながら7合目(標高2800m)の山小屋に13時、この辺りになると空気の薄いのが感じられ息苦しくなってくる。小休止の後さらに岩場をのぼり17時に8.5合目(標高3450m)の山小屋に到着、ここで夕食のあと仮眠をとることになった。ところで富士山では水が貴重品でトイレもバイオ式処理をしているため有料である、5合目では50円、7合目からは200円です、これも環境維持のため仕方ないことです。ペットボトルの飲み物は400円、缶ビールは600円と平地の約3倍の物価である。山小屋での仮眠は布団1枚に3人が寝るすし詰めで、横向けになって寝ないといけない。空気が薄いせいでよく眠れないまま、午前2時頂上を目指し登り始めた。月明かりはあったがあたりは真っ暗、ただ登山者のヘッドランプの明かりが頂上まで続いている、途中の小休止のたびに酸素を吸引し高山病にならないよう気をつけました。それでも息苦しさは増し、一歩一歩の歩みも鈍くなりましたが、午前4時ついに山頂の神社・山小屋に到達しました。気温は3℃くらいでとても寒く、暖かいトン汁(800円)をいただいて、ここで御来光まで一休みです。空が少しずつ明るくなってくると眼下に見事な雲海があらわれ、空との境界が茜色に染まってきました、そして待つこと20分ついに雲海の先からまばゆい太陽が昇ってきました、登頂して来た大勢の人が待っていた御来光です。思わず手を合わせて拝みました、万歳をする人たちもいました。今年の富士登山者は25万人を越えたそうで、登山者には女性も多く、また外国人もたくさん登っていました。帰って次の日と2日目は足がパンパンで階段の上り下り苦痛でしたが、3日目からは普通の状態に戻りました。一生に一度は行ってみたかった富士山に登れたことは貴重な経験で、大きな自信となりました。もう一度行くかと言われたら、今は行ってみたい気持ちのほうが大きいかな。
 今年の盆休みは、音楽部のS43卒同級生たちと恒例の夏旅行に出かけました。今年は世界遺産になった石見銀山を訪れる旅にしました。途中松江に寄り、松江城の堀を船でめぐり、市内を一望できるお城に登りました。おりしも台風が日本海を通過していて夜はひどい雨と風でしたが、朝方に雨はやみました。石見銀山では地元の観光ガイドの方の案内で銀を掘っていた跡の間歩(まぶ)と呼ばれる洞窟の跡や2万人もの人が銀の採掘に従事していたことなど銀山の歴史を巧みな話術で説明してもらいました。帰路に出雲大社に立ち寄り、私以外は一畑電車で松江までローカル線のたびを満喫したのです。一畑電車は途中道路わきを線路が走っているので彼らの乗った電車に追いつき追い越しながら私は車を松江まで回送しました。夕日の落ちる宍道湖を眺め、帰路に着きましたが家に着いたのは深夜でした。
 夏が過ぎると、「一万人の第九」の練習がはじまります。しかし今年は、抽選に外れてしまい参加することが出来ません。一昨年も外れたのでこれで外れは2回目です。15名でグループ申し込みをしたのですがショックでした、練習帰りのビールも楽しみにしていたのに・・・。
 9月5日は飯島先生の15回忌の御命日です。山梨までお墓参りに行けませんので、飯島世代の方は大阪から山梨の方向(東北東)を向いて合掌しましょう。

平成22年9月1日 音楽部OB会 会長 中村巧